東京高等裁判所 昭和56年(ラ)870号 決定 1983年3月23日
抗告人 小島春男 外二名
相手方 小島さよ子
主文
原審判を取り消す。
本件を東京家庭裁判所に差し戻す。
理由
一 本件抗告の趣旨及び理由は、別紙記載のとおりである。
二 当裁判所の判断
職権をもつて調査するに、本件記録によると、被相続人小島利秋の相続人は抗告人ら三名及び相手方ら三名の計六名であるところ、相手方小島さよ子(以下「さよ子」という。)は被相続人の妻、抗告人小島春男(以下「春男」という。)及び同木田峰子はいずれも被相続人とその亡妻小島ふじの間の子、抗告人小島友子(以下「友子」という。)は春男の妻であるが、昭和五一年三月二五日被相続人及びその妻さよ子と養子縁組をしてその養子となつた者(なお、春男も、右同日友子とともにさよ子の養子となつている。)、相手方小島雪男(以下「雪男」という。)及び同小島松男(以下「松男」という。)はいずれも右春男と友子の間の子であるが、同年四月一〇日被相続人及びその妻さよ子と養子縁組をしてその養子となつた者であること、そして、雪男(昭和三九年九月三日生)及び松男(昭和四二年一月六日生)はいずれも未成年者であつて、さよ子が右両名の法定代理人親権者養母として右両名を代理し、かつ、自らも共同相続人の一人として本件遺産分割手続に関与していることが認められる。
しかしながら、共同相続人の一人である親権者が他の共同相続人である数人の子を代理して遺産分割の手続に関与することは、民法八二六条一項及び 二項にいう利益相反行為に当たるものというべきである。すなわち、民法八二六条一項及び 二項の利益相反行為とは、行為の客観的性質上親権を行う者とその子との間(一項)又は数人の子相互間(二項)に利害の対立を生じるおそれのあるものを指称するのであつて、その行為の結果親権を行う者と子との間又は数人の子相互間に現実に利害の対立を生じるか否かは問わないものと解すべきところ、遺産分割に関する手続は、その行為の客観的性質上共同相続人間に利害の対立を生じるおそれのある行為と認められるから、右条項の適用上は、利益相反行為に該当するものといわなければならない(最高裁判所昭和四六年(オ)第六七五号、昭和四九年七月二二日第一小法廷判決、家庭裁判月報二七巻二号六九頁参照)。したがつて、共同相続人中の数人の子が他の共同相続人である親権者の親権に服するときは、右の数人の子のために各別に選任された特別代理人がその各人を代理して遺産分割の手続に加わることを要するのであつて、共同相続人の一人である親権者が数人の子の法定代理人として代理行為をしたときは、右の数人の子全員につき前記条項に違反することとなり、かかる代理行為によりされた遺産分割の手続は無効であるといわなければならない。そして、この理は、共同相続人の一人である親権者が相続人本人としての地位のほか子の法定代理人としての地位に基づいて一人の弁護士を代理人に選任し、その弁護士が親権者及び子の共通の代理人として手続に関与した場合であつても、異なるものではない(もつとも、親権者及び子のために選任された特別代理人の両者が共通の代理人として一人の弁護士を選任し、その結果その弁護士が手続に関与した場合には、前記条項の適用上は何ら問題がなく、双方代理行為についても右の両者があらかじめ許諾したものと解することができるであろう。)。してみると、本件においては、雪男及び松男につき各別の特別代理人を選任してこれを代理させた上、遺産分割の手続に関与させなければならないものというべきところ、この方法をとらなかつた原審判は、この点において違法であり、その余の点について判断するまでもなく取り消すべきである。
よつて、本件については、原審をして右の点を更正させた上、更に審理を尽くさせるのが相当であるから、原審判を取り消して本件を原裁判所に差し戻すこととし、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 貞家克己 裁判官 川上正俊 渡邉等)
抗告の趣旨
「原審判を取り消し、本件を東京家庭裁判所に戻し戻す。」との裁判を求める。
抗告の理由
第一原審判の違法は次のとおりである。
一 (一) 原審判は、相手方さよ子、雪男及び松男との間における遺産分割審判の審理手続において、雪男及び松男について民法八二六条及び家事審判規則六七条に従つて特別代理人を選任しなかつたことに違法がある。相手方の養母さよ子と未成年である養子雪男及び松男との間には当然に利益相反がある遺産分割にもかかわらず、雪男及び松男にそれぞれ特別代理人が選任されていない。
(二) 言うまでもなく、遺産分割行為は、相続財産について相続人の間でそれぞれの取得分を協議する本来的に利益が相反する行為である。それであるからこそ、通常、家庭裁判所では子が未成年である親子間の相続事件にはとくに争いのない場合でも、家事審判規則六七条に従つて調停手続でも審判手続でも、未成年の子側には特別代理人を選任するのが実情である。
(三) まして、本件では未成年である雪男及び松男は、事実上、実父母である抗告人春男及び友子と同居して実親に養育されており、相手方(養母)さよ子とは戸籍上の養親子関係があるだけにすぎない。その関係は本件ではむしろ「対立関係」にあるといつてよい。このことは原審判事件の一件記録から明らかである。したがつて、同人らと実父母である抗告人春男及び友子との間には実質的に遺産分割について争いがないとしても、相手方の養親子の間では、本件遺産の相続と分割について本来的に争いと対立があり、実質的に利益相反関係にあつたのである。
(四) 原審判手続で、相手方雪男及び松男に対して法規に従つた特別代理人が選任されなかつた結果は、原審判の主文が、事実上、きわめて不当であり、かつ、違法な分割審判となつてしまつている。
(五) 原審判は、主文一で、第一目録一-(一)の借地権と第二目録一、二の建物は相手方である養親子側のさよ子が九分の五、雪男及び松男が各九分の二を分割取得し、主文二で、抗告人春男及び友子が同目録一-(二)の借地権と同二-三の建物について各二分の一を分割取得し、主文三で、その調整金として相手方側と抗告人木田峰子に対してそれぞれ摘示する金額を支払えと命じている。
しかし、相手方雪男及び松男は抗告人である実父母春男と友子と実親子関係にあり、主文目録一-(二)の建物内に同居して養育を受けているのである。そのような関係にある実親子関係にある者に対して、審判の主文でいうような巨額の債権債務の関係を法律上負担させることはまつたく条理と経験則に反し、実親子間の関係を無視した不当でかつ違法な分割であると言わなければならない。いつたい、原審判の主文はどのような手続で強制執行の実行になじむのであろうか、理解することができない。
二 (一) 原審判は審判手続で、相手方ら間の関係において、一人の弁護士が全てについて双方代理の無効行為(民法一〇八条)を見過したまま遺産分割の審判を行つたことに違法がある。
(二) 確かに、家事審判事件では、相続人のうち複数の特定の者らを弁護士一人が代理をして調停手続や審判手続を進行することは少なくない。現に、本件の抗告人らも一人の弁護士を選任して抗告事件を進行している。しかし、それは双方代理の当事者の全てが意思能力をもつ成年であつて、その一方が代理行為を許諾している場合に限つて有効となり、許されるのである(本件の場合、抗告人らの間ではそれぞれが確実な許諾がある)。その場合でも、調停成立時あるいは審判成立時には、双方代理のうち一方当事者の代理は辞任するのが実情である。それは、双方代理の規定から当事者に利益の相反があり、争いが生じるかもしれないことを回避するために行われている。
(三) 本件では、相手方側は養親子関係にあると言つても、養子側はいずれもまだ若年の未成年であり、養子側と養母側には前述のように利益の相反と対立があり、争いのある状態にあることは原審判の一件記録で明らかである。また、原審判の一件記録をみても、一人の弁護士が双方代理すること自体について相手方の養母さよ子が養子の雪男と松男側の立場として許諾をしたとはとうていみることができない。原審判手続は一人の弁護士による双方代理行為による無効があり、これを見過した原審判は違法である。
結局のところ、本件のような場合には、このような違法を免れるためには、養子である雪男と松男に特別代理人を選任するべき事案であつた。
第二原審判の判断の誤りは次のとおりである。
一 (一) 原審判は、本件遺産の分割方法について、主文一ないし三記載のとおり、第一目録(一)の借地権と第二目録一、二の建物は相手方さよ子が九分の五、同雪男及び松男が各九分の二を取得し、第一目録(二)の借地権と第二目録三の建物は抗告人春男及び友子が各二分の一を取得し、春男及び友子はさよ子、雪男、松男及び木田峰子に対し調整金を支払えと命じている。原審判は本件遺産分割について、一部の相続人(さよ子、雪男、松男、春男、友子)が借地権を現物で持分に応じて取得し、一部の相続人(さよ子、雪男、松男)がこのほかに調整金を一部の相続人(春男、友子)から支払を受け、一部の相続人(峰子)は調整金だけを一部の相続人(春男、友子)から支払を受ける方法をとつた。
(二) しかし、この遺産分割は条理と経験則に照しても不当な方法であり、何ら合理的な理由がない。また、もとより審判の理由にもその分割方法をとつたことについて何ら合理的な根拠が示されていない。
本件遺産の範囲には、現金、預貯金(東京都都市計画事業補償金を除く)または株式などのただちに換金処分をできるものがない。そこで、原審判が主文で抗告人春男及び友子に調整金の支払を命じている金額を計算すると、一人につき金六一一二万五二五円合計すると金一億二二二四万一〇五〇円の巨額な金額に達する。このような巨額の調整金額について抗告人春男及び友子が取得する遺産の範囲において支払をすることは法律上も事実上もとうてい不可能である。
(三) すなわち、同抗告人らが取得するはずの遺産は第一目録一-(二)の借地権と第二目録三の建物である。この敷地と建物は同抗告人らと調整金の支払を受ける側の相手方雪男及び松男が生活の本拠として居住している物件である。しかも、その敷地は借地権であるから、現実には土地所有者との関係もあつて、借地権の一部処分などはとうてい想定できないし、また、建物の存在位置と地形からしても分割して処分する対象にはとうていなり得ない。かりに、同抗告人らの取得する借地権の価額が原審判のいうように各金一億二三六二万九七四円としても、その約二分の一に相当する借地権部分を処分換金して調整金の支払に充てることは、建物の存在位置と地形上からみて、建物の全面取毀しを前提にしない限り不可能である。
これらのことは、原審一件記録から明白である。
(四) 原審判の主文で同抗告人らに対して建物とその敷地の分割取得を命じていながら、その主文の履行には、当該建物の取毀しが前提となるから、その建物への実父母子が居住することができなくなり、また、その敷地の部分的処分が法律上も事実上も不可能であるような原審判の判断には、条理と経験則を著しく違脱した誤りがあると言わなければならない。
二 本件違産の範囲には、被相続人の債務が認定の対象となつていないので、これについて判断の遺脱がある。
被相続人の債務については、抗告人が調査中であるが、判明した債務の現在額は金一一八七万六一二二円であり、その内訳は次のとおりである。
合計金一一八七万六一二二円
種類 金額 年月日 立替(借入先)
1 借入立替金 二〇万〇〇〇〇円 昭四〇・一〇・三 小島春男(山崎光夫)
2 同 一五〇万〇〇〇〇円 昭四三・七・一一 同(浜辺喜男)
3 同 一二五万〇〇〇〇円 昭四九・七・五 同
4 同 六〇〇万円 昭五〇・一二・二五 同(夜光商会(株)香田一郎)
5 地代立替金 一〇三万四九七〇円 昭五〇・一~ 同((株)共栄)
このうち、原審一件記録と資料で明らかなのは次のとおりである。
1 乙一号証借用証
2 甲一二号証建物登記簿謄本(乙-三)
3 乙二号証借用証
4 乙三号証領収証
5 この地代立替金については原審一件記録の事件調査報告書(昭五六・六・二九)にもその一部が報告されているが、全額については抗告人が調査中であり、また、そのほかの債務についても調査中であるが、判明すれば、追つて提出する予定である。